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旗幟不鮮明ながら反対? [時事ネタ]

 今日は勤務校の創立記念日。授業はなし。というわけで、休暇をとって一日寝倒す。
 疲労は回復したし寝不足も解消された。起きている間はHDDレコーダのたまっている録画を少しずつ消化。いや、消化なんて書いたらいかんな。見たいけど見てる間がないからたまったわけやからね。
 先日書いた「君が代不起立条例」に関して、昨日出た最高裁の君が代不起立処分裁判での判決を踏まえ、読売新聞が条例化に賛成ということを一行だけちらりと。ちょっとずるいぞ。毎日新聞も判決を踏まえ、「最高裁判決は、過度のペナルティーを認めたものではない。その点を踏まえた議論が必要だ」と毎日らしく旗幟不鮮明な書き方で反対をにおわせている。こういう書き方もあるのか。これはこれでなかなかのテクニックでありますね。東京新聞および中日新聞(内容は同じもの)は判決を踏まえた上で反対。西日本新聞は見出しからして「君が代起立 条例で縛るようなことか」と反対。
 こうやって見ていくと、産経と読売は「思想信条の自由を制限することであっても、上意下達は当然」という姿勢ですね。それやったら菅内閣のことを毎日のように攻撃する自分たちの論調に対してもそれを適用すればええのに。あ、新聞社は公務員やないからええんか。それやったら記者クラブとかいう特権も返上したらええのに。それは特権として取っておきたいのですな。とにかく、思想信条の自由を否定するということは、ジャーナリストとしていかがなものかというように思うのですが、如何。
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noga

日本人のことについて、もっとよく学ぼう。日本語しか知らない人は、日本についてもよく知らない。


言語は、考えるための道具である。言語が違えば、考え方も異なる。

日本人は、本当に礼儀正しいのか。
我々の礼儀作法は、序列差法である。序列なきところに礼儀なし。
日本語には階称 (言葉遣い) がある。
言葉遣いの意味を身振りで表わせば、序列差法になる。

日本人は、なぜ察し (勝手な解釈) を使うのか。
意思は、未来時制の内容である。
日本語には、時制がない。だから、未来時制もない。
日本人には、意思がない。
それで、勝手な解釈を利用する。

日本人には、恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。
恣意は、文章に表わせない。アニマル・子供に共通である。
恣意は、相手により察しにより文章化される。
本人には、その内容に責任がないが、それは本人の意向とされることが多い。

日本語には階称 (言葉遣い) があるので、日本人は序列人間 (縦社会の人間) になる。
義理 (序列関係) がすたれば、この世は闇だ。
意思はなくても、恣意があるので、アニマル風に行動する。

意思のない日本人は、天の声により行動が定まる。自分自身で考える力はない。
問題を解決する能力はないが、事態を台無しにする力は持っている。
だから、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ必要に迫られることになる。
これは、昔からある浪花節でしょうね。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

by noga (2011-06-01 11:46) 

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