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酒井くにおの死 [追悼]

 今日は土曜出勤の代休。朝から先週同様土曜日の分もアニメなどを見たりする。その後例によってパソコンに向かい、ものかき関係の作業。あと一歩でとりあえず完了というところまでこぎつける。残りはこの日記をアップしてからする予定。
 昼食後、読書と午睡。気温差が激しいためか鼻の調子はますますよろしくない。いつになったら鼻ポンプを安心してつけて寝られることやら。
 今日も妻は外出。起床後、録画がたまっている番組を少しだけ見る。それから読書など。
 妻が帰宅して夕食を取り、またしばらく読書。スマホはいかんなあ。ちょっといじっていたらあっという間に時間がたつ。読書の時間を自分で削っているんやから世話はない。このあとものかき関係の作業を完了させる予定。
 漫才師酒井くにおさんの訃報 に接する。享年74。死因は慢性虚血性心疾患。漫才では弟の酒井とおるさんが病弱キャラで笑いを取っていたけれど、実はお兄さんの方が病気で苦しんていたんやね。
 今でこそ松竹芸能の漫才の大ベテランとしてトリを取るポジションにいてるけれど、売れるまでにはかなり時間がかかったコンビやった。というのも、東北出身で、東京漫才を経て大阪に腰を据えるという異色の経歴で、テレビで初めて見た時はこのコンビだけはかなり異質なものを感じた。一時はくにおさんが女言葉を使うたりといろいろと苦労していたけれど、「何言ってんの、とおるちゃん!」「とおるちゃん!」のかけあいや、くにおさんがぼけると、とおるさんはつっこまず観客席に向けて「ここで笑わんとあと笑うところないよ」とやるパターンがはまって売れた。このつっこまずに観客に投げるというパターンは難しいのか、くにおとおる以外では全盛期のWヤングが「ちょっと聞いたぁ?」とやっていたのくらいしか記憶にない。まさに舞台で磨いた芸。
 東京漫才出身者がビジターである大阪に根を下ろして息の長いコンビとなったというのもあまり例がない。今は逆に大阪から東京へ進出というのが当たり前なだけに、よけいに目立つ。そう言えば、ゼロサム先生が大阪府知事に当選した時にくにおさんを真似て「とおるちゃん!」とこの日記で使うたら、コメント欄がどえらいことになったなあ。
 今後、東京で初舞台を踏んで大阪に進出してくるコンビというのが出てくるかどうかわからんけれど、上方漫才史に残る異色のコンビとして記憶しておきたい。
 謹んで哀悼の意を表します。

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