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上方お笑い大賞の終了 [演芸]

 「上方お笑い大賞、35年の歴史に幕」という報道に、少しは驚き、少しは納得する。そして、非常に残念な気持ちになる。もともとラジオ大阪主催の「上方漫才大賞」があって、その後追いみたいな形でできた賞やし、なんでこの人たちがというようないわば順送りみたいな形で大賞が与えられてきた経緯もある。前年に最優秀技能賞を受賞した芸人さんが翌年大賞を受賞するというような印象があり、なんとなくすっきりしない気分を持っていたんですね。
 例えば「M-1グランプリ」みたいにオープン参加で芸を披露してその舞台のみで面白さの優劣を決めるというような、しかもコンビ結成10年以内の漫才コンビに限るという(コントは含まれない!)制限があるという、一応基準がはっきりしているコンクールと比較したらわかるやろう。昨年からは当日の舞台も含めて審査するという形式に改めたばかりなんやけれど、これは明らかに「M-1」の影響ですわ。ところが、昨年のようにメッセンジャーと桂雀々とが対決してメッセンジャーが選ばれてしまうと、その場で爆笑を取る漫才と聞き込むことでその面白さがわかってくる落語を同じ基準で比較するということがいかに難しいかわかるやろう。
 実際、落語関係者からは昨年の結果に対してはかなり不満も出ていたようやし、桂雀々クラスのキャリアがある落語家(しかも爆笑型)でも大賞を取れんとなると、落語家がこの先大賞を取るのは無理やないかという感じがする。メッセンジャーの芸が大賞に値しないというんやない。どだい比較して優劣を決めることはでけんということですわ。「お笑い」をすべて包括するというならば、例えば狂言もピン芸もすべて争わせるということになってしまう。そうなると、これを厳正に審査できる人がどれだけいるか。
 とはいえ、「上方お笑い大賞」は、キャリアのある芸人さんに対する勲章であることは間違いない。せっかく35年も続けてきた賞をとりやめるというのはちょっと性急過ぎないか。
 例えばかつての「花王名人大賞」みたいに「落語部門」「漫才部門」「コント・諸芸部門」というようにジャンル分けをするという形に改めて賞を存続させるということはでけなんだんか。その上で「大賞」を決定するという方法もあったやろう。
 若手の漫才師には「M-1」のほか、NHK、ABCの各コンクールに加え、MBSの「新世紀漫才アワード」まである。ベテランの漫才師には「上方漫才大賞」が残っている。そやけど、落語家には落語家だけの賞はない。賞をもらうことでステップアップし、芸も大きくなるというケースもあるわけで、テレビ局は落語を切り捨てるんやなととられても仕方なかろう。「上方お笑い大賞」を主催するよみうりテレビは、良質の落語番組「平成紅梅亭」を制作している局やから、決して落語を切り捨てているということではないと思うけれど。
 大賞のかわりに「出演することがステータスになる上方お笑い界の紅白歌合戦のような総合演芸番組」を制作するというけれど、それやったら「M-1」みたいにゴールデンタイムでやらんと権威づけにはならんやろう。苦渋の選択やったかもしれんけれど、賞そのものまでなくすことはなかったと思うんやけどなあ。


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