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名人芸と障碍児 [演芸]

 私の勤務校には知的障碍のある生徒の自立支援コースがある。私もかつて3年間、自立支援コースのコーディネーターを担当していたのは、この日記をずっと読んでくださっている方ならご存知でしょう。
 彼らは他の生徒たちといっしょに通常の授業を受ける。援助担当の先生がもちろんつくわけですけどね。
 で、今日のこと。私の持ち授業である「なにわ芸能研究」というけったいな科目で、桂米朝師匠口演の「天狗裁き」を見せていた。落語初心者には少し長めやけれど、これは米朝師匠が蘇演させた落語の中でも傑作であり興味を引き付け続ける落語なんで、毎年好評であります。
 ところが、自立支援コースの生徒がこの口演に拒否反応を示すのですね。難しくてわからん、というんやない。この生徒は発達の程度は幼児か小学生低学年くらいの重度障碍で、感情をはっきりと表に出す。
 援助担当としてついていてくれた先生にあとから話を聞いてみて、得心がいった。この「天狗裁き」には人が感情をぶつけ合うシーンが多く出てくる。主人公の男が最初は夫婦喧嘩をし、次に仲裁に入った隣人と喧嘩をし、家主といさかいを起こし、奉行にきつい言葉を投げかけられ、しまいには大天狗に脅される。それに対して拒否反応を示したのですね。
 私は「あれはお話なんやから」というても、口をへの字に曲げる。
 すごいのは、彼にそういう負の感情を抱かせるほどの米朝師匠の落語の迫力ですわ。師匠の演技は、その生徒の感情を心から揺さぶるほど迫真の演技力なんやねえ。まさに名人の芸。
 そのあと、三打目桂春團治師匠の「子ほめ」を見せる。こちらは毎度おなじみのあほな男が失敗を繰り返す前座噺。それを三代目ほどの名人がやると、実に味があってええのです。これを見せたあと、くだんの彼はご機嫌になった。三代目のなんとも無邪気な笑顔にこわばった心がほぐされたのか。これもまた名人芸のなせる業。
 重度障碍の生徒たちからはこれまでも数多くのことを学ばせてもろうてきたけれど、落語家の名人芸の凄味を再確認させられるとは思いもよらなんだ。勉強になりました。

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