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じんかん [読書全般]

 今日は立冬。そのせいではないやろうけれど、一気に冷えこむ。定休日でよかった。こういう日に出勤すると一気に風邪をひきそう。汗をかく、冷える、また汗をかく、また冷える……の繰り返しになると思う。そして体温を持っていかれる。てなわけで一日引きこもり。
 午前中は昨日までに録画した深夜アニメを見てしまう。時間に余裕ができたので、「光る君へ」も見る。昼食後、すぐに午睡。夕刻起きて、社説のダウンロードなどをしてから夕食をはさんでひたすら読書。煮物の合う気温になりましたねえ。一気に読み切ってしまう。
 今村翔吾「じんかん」(講談社文庫)読了。タイトルの「じんかん」は、「人間」の意味。あえてひらがなにしたのはきっと「人間」というタイトルにすると作者の意図が伝わらなんだからやろうな。山田風太郎賞受賞作になったのは当然という力作。
 主人公は戦国の世で弟と二人きりになった少年九兵衛。多聞丸という浮浪児を率いて足軽などから追いはぎをしていた少年と出会う。しかし多聞丸はあえなく死んでしまい、残されたのは九兵衛と弟の甚助、少女日夏だけ。寺に世話になり教養を磨いた九兵衛は三好元長という大名に引き合わされ、薫陶を受ける。元長の理想は民による自治が全国で行われ、武家の居ない世。元長は堺をそのようにしたが、志半ばでなくなる。松永久秀と名乗るようになった九兵衛は、元長の遺志を継ぎ、三好家を盛り立てていくが、家中では成り上がった九兵衛をうらやむ勢力が当主を担いで追い落としにかかる。九兵衛はここでまだ尾張一国しか征していない織田信長に賭け……という話。
 松永久秀といえば戦国大名の中でも特に悪役を割り振られることの多い男。しかし作者は久秀の生い立ちを創作したうえで、理想と現実のはざまで苦しみながらも理想を追い求める者として描く。それも、織田信長が小姓に語るという形をとる。そして、九兵衛こと松永久秀の真の姿を理解している大名は信長ただ一人で、世に知られる悪名もすべて九兵衛が敵が流した噂を否定せず、それが定説になっていったという形をとる。
 本作は松永久秀という梟雄を新たな視点で語ったという形をとりながら、実は九兵衛という戦国時代に次々と大切なものを奪われていった少年が神仏を否定し、人と人のつながりを信じた人物の生涯を描いたもので、作者にとっては松永久秀という大名の生き方に九兵衛の理想を当てはめていったということなんやろう。ただ、松永久秀という特異な大名を、理想と現実、そして人間の美しさと醜さのはざまに翻弄される人物として描くことで、九兵衛の理想の生き方というものがより際立ってくるのだ。タイトルを「じんかん」としたのも、人と人の関係性で個人の評価が定まるということを示したかったんやろうなと思う。以前読んだ「八本目の槍」では石田三成を新たな視点で描いていたが、本作では松永久秀を定説とは反対の存在として描く。そして、その視点の方が正しいのではと思わせる説得力を持たせる。そういう意味では、今後の歴史小説の在り方をも変える作家になっていくんやないかと思わせるだけのものがあるといえる。まだ直木賞受賞作などは読んでいないので、これからもじっくりと楽しませてもらえるやろうな。従来の歴史小説に飽き足らない方に是非お勧めしたい。
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