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タイガーマスクは贈らない [時事ネタ]

 今日から授業開始。私の勤務校は前後期制なんで、始業式やなく全校集会とホームルームをして、3時間目から6時間目まできっちりと授業であります。冬休み明けいきなりの授業で生徒がぴしっとするというのは難しい。授業に集中できる雰囲気になるまでけっこう時間がかかったなあ。私の力量の問題だけやないと思いたい。
 上の教室からプールが見えた。朝一番にのぞいたら、表面に氷が張ってたよ。見てるだけで神経なるものが「さぶっ!」ていうてるよ。

 全国にとても愉快な「愉快犯」が続出してます。ランドセルを贈る「伊達直人」さんであります。こういう「愉快犯」ならなんぼでも便乗していただいたらええと思うね。「伊達直人」さんだけやないよ。なんと「矢吹丈」に「あさりちゃん」、「せんとくんの友人」「おしどり夫婦」と施設への贈り物便乗者が現れてます。「伊達直人」はわかるよ。漫画「タイガーマスク」で、伊達直人さんは自分の出身の孤児院にいろんな贈り物をしてたもんね。そやけど「あしたのジョー」では矢吹丈はドヤ街の子どもたちを集めて嘘の慈善事業をでっちあげて白木葉子から寄付金をまきあげたりしてたんと違うか。「あさりちゃん」となると慈善事業なんか全く関係ないし、「せんとくんの友人」や「おしどり夫婦」にいたっては好きに名乗ってなさいという感じですな。まさかアコーディオンを弾きながら針金アートをする夫婦漫才コンビの「おしどり」とは関係ないやろうね。
 ところで、テレビや新聞の見出しではランドセルを贈ったりしている一連の「事件」について「タイガーマスク」を乱発している。なんでやねん。贈ってるのは伊達直人であってタイガーマスクやないでしょう。子どもたちはタイガーマスクの正体が伊達直人とは知らんという「原作」のお約束に反しているやないか。というか、プロレスラーに「タイガーマスク」は実在してますやん。まるでプロレスラーのタイガーマスクさんが全国でランドセルを贈ってるみたいやないか。
 タイガーマスクはあくまでも白いマットのジャングルでルール無用の悪党に正義のパンチを見せてやったりするのであって、慈善事業をするのは「伊達直人」さんなのですよ! ニュースなんやからちゃんと正確な報道を心がけてほしいものです。

 1月16日(日)は「たちよみの会」例会です。今月は例会後、新年会を予定しています。多数のご参加をお待ちしています。

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第32回ABCお笑い新人グランプリ [演芸]

 今年もテレビで「ABCお笑い新人グランプリ2011」を見る。漫才やと結成5年以下が対象という賞なんやけれど、ここ数年、決勝進出者のレベルが下がってるような感じがする。この賞の中継で初めて見て「こらおもろい」と思うたコンビはすぐにM-1の決勝に進んだりしているわけですね。ところが、今年の優勝者であるウーマンラッシュアワーなんか、今のままではM-1の決勝にはまず残られんのやないやろうか。失礼ながら、ただただ早口でまくしたてたらスピード感が出るというもんやないと思うわけですね。リズム、テンポ、間をきちっととってないと、笑いにはつながらん。そこらあたりまだまだわかってないように思う。
 今回はコントをするコンビに光るものがあったと感じたけど、最終の上位3組には残られなんだなあ。
 大阪の漫才師の若手がこういう状況なのは、「BASEよしもと」に群がる中学生くらいの女の子たちに受けるネタ作りをしてしまうからなんかなあと思わんでもないけれど、それではM-1(にかわる新しいイベント)どころか漫才師として生き残ることも難しいと思うよ。
 審査員ももっと厳しいことを言うてほしいなあ。それでは番組が盛り上がらんということなんやろうけれど。
 ちなみに、私の中では尼神インターという女性コンビが素人くさいのになんかむちゃむちゃ受けてまして、他のコンビにない独自性があってよかったのですが、如何。

 1月16日(日)は「たちよみの会」例会です。今月は例会後、新年会を予定しています。多数のご参加をお待ちしています。

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横沢彪の死 [追悼]

 元テレビプロデューサー横沢彪さんの訃報に接する。死因は肺炎。享年73。
 1980年代の漫才ブームの仕掛け人は2人いる。一人は「花王名人劇場」の澤田隆治さん。そしてもう一人が「THE MANZAI」の横沢さん。澤田さんにはお目にかかったことがあり、お話もさせてもろうたけれど、横沢さんはお顔を拝見することもなく終わってしもうた。
 澤田さんは古くから朝日放送で演芸番組やコメディを手掛けてきはった方なんで、「漫才復権」という思いが強くあったと思う。それに対し、横沢さんは「新しいコンテンツ」として「漫才」を再発見し、若い層に受け入れやすい形にして差し出した。そやから「漫才」は「MANZAI」と表記され、「笑ってる場合ですよ」「俺たちひょうきん族」などでは「漫才」の解体すら行っている。
 思うに、若者という移り気な層の興味をいかにつなぎとめるか。そのためには「邪道」でもええから「笑い」という「芸」をどんどんと変質させて「芸人」のキャラクターをコンテンツ化させていくという方向に進めていったということなんやないやろうか。「ひょうきん族」の裏番組が「8時だヨ! 全員集合」という公開であるがために徹底的に作りこんだものやったことは有名やけれど、「全員集合」を上回るためにはなにがなんでも別なことをしなくてはならないという思いで「ひょうきん族」を制作したというのもあちこちで語ったはった。
 計算外やったのは、自分たちの「邪道」が次の世代の「お笑いバラエティ」の手本になってしもうたことやったかもしれん。そのあたり、フジテレビを退社して吉本に籍を置いたり、独立したりしながら「次のもの」を追うていったはったというところにつながったいったんやろうなと思う。
 テレビの「笑い」の質を変えた仕掛け人は、自分の後継者に何を見ていたんやろうか。
 謹んで哀悼の意を表します。

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慎み深い乗客たち [日常生活]

 今日は月例の医者行きで京都へ。
 阪急淡路駅で河原町行きの特急に乗り換える。座席はほぼ埋まっていたので、扉近くに立つ。しんどかったので寝たかったけど、仕方ないので読書。「ブギの女王・笠置シヅ子―心ズキズキワクワクああしんど」(砂古口早苗)を読む。私は笠置さんの復刻CDの愛聴者でありますので、文中に出てくる歌の歌詞が書かれていたら、頭の中でメロディが鳴ってくる。そのかわり本を閉じても「買物ブギ」がエンドレスで鳴り続けてしまうのには困りましたが。本の内容については笠置さんと美空ひばりさんに関する確執という通説に対するまっとうな批判的解釈や、戦前、戦中、戦後にわたる芸能史が笠置さんの活躍を通じて俯瞰できる構成、膨大な資料を整理整頓して編み上げた評伝というところで、これはなかなかの労作。芸能史に興味のある方はぜひご一読を。
 いや、そのことを書こうとしてたんやなかった。高槻市駅のところで座席が一つ空いたのですね。で、その席に一番近くにいた30代(推定)の会社員らしき男性たちや、私の横に立っていた小学生の女の子(推定)は遠慮の塊という感じで座ろうとせんのですわ。これはその座席の近辺では一番おっさん(推定)の私が座ってええということですかいなと解釈し、「すんまへんすんまへん」と言いながら座れました。10分ほどやけれどこれ、座れるか座られへんかで体力的には全然違うのですよねえ。年はとりたくないけど、年をとったという事実は粛々と受容せんと、ね。
 それにしても、さすが阪急の特急のお客さんたちですなあ。なんかその礼儀正しいというのか慎み深いというのか。こっちもそんなにおっさんおっさんした格好をしていたわけやないんですぞ。

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テレビまんが 昭和物語 [テレビアニメ]

 大相撲小言場所「平成二十三年初場所展望~出そろうか次期大関候補~」 を更新しました。

 本日より職場も本格的に始動。私はまだギアはローに入っている感じではありますが。3日後には授業も始まるので、その日はセコンドくらいにあげていって来週末くらいにトップにもっていく、くらいのペースでいきたいけど相手がいる仕事ですから、こればかりは予測が立たん。いきなりトップギアで走るとエンストしてしまいそうやし、生徒もまだまだエンジンは暖まっていかへんやろうから、徐々にならしていくしかないよね。
 帰宅後、夕方にKBS京都テレビで放送されていた「テレビまんが 昭和物語」というアニメを見る。劇場版「テレビまんが 昭和物語」もあるらしい。
 「テレビまんが」と銘打ちながら、作画は昨今のアニメの作画であります。要はレトロ感を出したいということなのでしょう。内容は、昭和39年ごろの東京下町の町工場の小せがれが、貿易商の息子に触発されて「船橋ヘルスセンター」に行きたがるけれど、毎晩徹夜で働く頑固親父がそれを許さず、親子喧嘩をして家を飛び出し、友だちといっしょに開港間近の羽田空港まで歩いて行き帰りに迷子になり……というもの。
 つまり、「三丁目の夕日」以来の「昭和懐古」路線のアニメ版というところか。主人公たちの年齢を考えると現在定年になる年齢の世代をターゲットにしているのかな。時代考証なんかはかなりちゃんとしようとしているのを感じるんやけれど、「ああ、あれもあったこれもあった」とカタログ的に小道具を繰り出しているという印象が強い。なによりも「昔はよかったなあ」というイメージが先行していてストーリー的に見るべきものがないのがきつかった。
 作ってる人たちにはきっと実感できない時代を描いているんやろうと思う。ただ、私はその時代の空気がなんとなくわかる世代に属しているから、手放しで「高度経済成長期礼賛」モードになられへんのですね。地道ってもっと埃っぽくて汚かったし、どぶ川にはザリガニもいたりはしたけど臭かった。そういう「臭い」が画面から伝わってこないのが、作りものめいていて(作りものなんですよ、わかってますよ)素直に感情移入でけんのです。ていねいにこしらえてるからよけいに違和感を生じてしまうのでありますよ。
 果たしてほんまのターゲットはどこにあるんでしょうかねえ。

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実は面白い奈良時代 [読書全般]

 年末から読み始め、正月の規制で母に借りた佐野洋短編集3冊をはさんだために中断していた永井路子「氷輪 上・下」を読了。昨年末、「流星 お市の方」「乱紋」と大河ドラマ絡みで永井路子さんを立て続けに読んだ勢いで「氷輪」も読んだわけです。
 鑑真和上が日本にきてから、すでに日本にできてしまっていた僧侶の集団との軋轢を、奈良時代の権謀術数とからめて描き出したものでありまして、奈良時代のことが非常によくわかる。奈良時代の貴族と僧侶の権謀術数丁々発止というのはほんまにおもろいのにあまり知られてないのが残念やなあ。古代史の好きな人はたいてい飛鳥時代に目を向けるし(実は私も最初はそうでした)、そちらを舞台にした作品は目立つ。それに比べて奈良時代の人気のないこと。
 実は室町時代も面白いところは多いのに小説の舞台としてはあまり人気がないのね。でも、山田風太郎さんが晩年に秀作を何本かものしてくれてはるからまだよろしい。奈良時代のどろどろをおもしろく書いた小説がもっと出てきてくれたらええのになあ。

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入れ違い年賀状 [季節ネタ]

 今年も年賀状をたくさんいただき、ありがとうございます。
 去年、我が家は喪中やったんで、欠礼葉書を出した。そやから年賀状はほとんどこなかった。これは年末の日記にも書いたことやけど、今年の年賀状は基本的には一昨年にいただいた方あてに出したのです。
 で、困ったことが起きた。もし昨年通常通り年賀状のやりとりをしていたら、転居した方は「転居案内」も兼ねて年賀状を送ってくれはる。ところが、昨年はそういう葉書が一枚もないわけですね。ということは、2年前の住所に送った場合、郵便局が転送してくれはるのは1年間だけなんで、出した年賀状がけっこう返ってきてるわけです。
 先方から出してくれてはる場合、今年の年賀状には新しい住所が書いてあるから、「転居先不明」で返ってきた場合にも入れ違いみたいな形にはなるけれど出し直すことができる。ところが、昨年出してないからということでリストから外してしまわはった方については、出し直しようがない。まあ、その程度のおつきあいというたらそれまでなんですけど、こちらとしては年賀状のやり取りだけでもつながっていたいという気持ちもあるだけに、出し直しがでけへんのは残念やなあという思いが残るのですね。
 私は年末にいただいた欠礼葉書は年賀状といっしょに束ねておくから、出し忘れということはほとんどないやけど、すべての方がそうしているということではないと、まあそういうことなんやろうね。儀礼的なものとはいえ、そこはそれ、気持ちの問題ですわな。

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扇町寄席新春すぺしゃる [演芸]

 マンションの中庭で子どもたちが楽しげに遊ぶ声が響いている。
 三ヶ日が終わったんやなあ。
 テレビもおおむね通常編成。関西テレビだけ「扇町寄席新春すぺしゃる」という落語番組をやっている。あと上方落語だけの特番は昨日テレビ大阪で「新春落語」で桂春團治師匠と桂文珍師匠の高座をやっただけか(春團治「代書屋」、文珍「不動坊」)。ちょっと寂しいね。昨日の番組では珍しく春團治師匠と文珍師匠の「芸談」というのをやっていた。春團治師匠がこの手の企画に出てくるのは珍しい。今日の「扇町寄席」では桂吉弥さんの「桃太郎」と月亭八方師匠の「稽古屋」を放送したあと、それぞれの噺について桂米朝師匠が解説。もっとも司会の桂南光師匠が質問してはそれに「あーあーそうやったかいなあ」と相槌を打ったりするような塩梅で、解説を拝聴するというよりはテレビを前に手を合わせて「今年もお元気で」と拝みたくなるような気分になりましたが。
 後半は若手芸人たちが落語以外の芸を競いあう「諸芸対決」。審査は桂ざこば、笑福亭鶴光、月亭八方の各師匠。力士の物真似あり競艇の物真似ありレスリング落語ありなぞかけあり。若手の芸よりもそれに対する師匠連のリアクションの方が面白かったりする。まあでも若い芸人さんの笑いをとろうとする姿は微笑ましくも楽しかった。ところで、桂三象さんはいつまで若手扱いですねん。

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佐野洋の短編集 [読書全般]

 今日はミステリづくし。
 午前中は昨年録画した「新・刑事コロンボ」の「幻の娼婦」と「迷子の兵隊」を見る。最初のシリーズと比較するとラストの切れ味が良くない。まあこれは覚悟していたことなんでアレなんですけど、犯人のする「完全犯罪」も穴が多く、やっぱり見劣りするなあ。とはいえコロンボと犯人の丁々発止のやりとりなどは十分楽しめるので、これはこれでおもしろいんやけどね。
 テレビを見疲れて午睡したあとは、元日に実家の母から借りて帰った佐野洋のベスト短編集、「尾行」と「盗難車」を読む。実は佐野洋さんの作品は「金属音病事件」や「人面の猿」のようなSF仕立てのものしか読んでなかったので、本格的なミステリを読むのは初めて。
 初期のものは切れ味の鋭い推理小説なんやけれど、中期のものになると社会派の作品や、犯罪の起きた理由(特に様々な男女関係)が中心となる作品が増えてきて、読んでいてなんや気分的にもやもやしてしまう結末のものが多くなるのが面白かった。実に器用な方で、あらゆるパターンのミステリを書き分けられる力量はさすが。とはいえ私の好みは読後胸がすっとするか、やられたあっと降参するようなものなんで、ちょっとストライクゾーンからは外れてる作家さんやなあという感じかな。
 もう一冊後期のものが残ってるので、こちらもぼちぼち読むことにしよう。

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ウェルザー=メストのニューイヤーコンサート [音楽]

 今日は、例によって1日遅れで「ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート」の録画したのを見る(聴く?)。今年の指揮者はオーストリア出身のフランツ・ウェルザー=メスト。
 とにかくテンポの速い曲のノリのよさが気持ちよい。ここまでギャロップをプログラムにいれた指揮者は(カラヤン以降しか覚えてませんが)まずいてなかったと思う。「騎士パスマンのチャルダーシュ」の爽快感はカルロス・クライバー以来かも。
 しかししかし、ワルツになると様相は一変。とにかくシンフォニック! 「わが人生は愛と喜び」の最初の1小節を聴いてぶっ飛んだぜい。メータみたいに大仰にならず、クライバーほどエレガントでなく、プレートルほどチャーミングでなく、カラヤンほど堂々とせず……。なんと表現してええんかな。昔、ロンドン・フィルと録音したウィンナ・ワルツのCDがあったけど、あれを聴いてぶっ飛んだのを思い出したよ。
 ただ、アンコールの時のお遊びはあまりにもあまり。「ノンストップで」で青信号を指揮棒のかわりに持ってるんやけど、出すタイミングが絶望的に面白くない。バレンボイムがハイドンの「告別」でやったみたいな芝居がかったことはせんでええけど、もう少しやりようはあったはず。クリーブランド管を長年振ったけど、アメリカナイズされまいとがんばってきたということなんですかねえ。
 まあ、演奏そのものはとても楽しかったので、今年のニューイヤーも何度もCDで聴き返したくなると思います。

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