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和田誠の死 [追悼]

 超大型の台風が接近中。大阪ではまだ風はそれほど強くないものの、蒸し暑く、ちょっと動くと汗ばむ。6時間目が終わると、文化祭に向けて大掃除。私は社会科教室の清掃監督で、生徒に指示を出したりする。ついでのことなので、仕事部屋のゴミ捨てやら切れた蛍光灯の交換などもしてしまう。ゴミ袋は少しばかりためこんでいたので、ゴミ捨て場まで何往復かする。けっこう疲れました。定時に退散。
 帰路、内科医に行き、鼻ポンプのデータを渡したり、血圧の薬を処方してもろうたりしてから帰宅。帰宅後は追っかけ再生でプロ野球中継を見る。これがあなた、4時間を越す熱戦で、ほんま明日が休みでよかったです。タイガースがなんとか1勝したので、明後日以降もタイガースの試合は続く。また書き物がとどこおるやないですか。いやいや、1日でも長くタイガースの試合を楽しめるんやからありがたく思わんと。
 イラストレーター、絵本作家、映画監督などなど様々な分野で活躍しはった和田誠さんの訃報 に接する。享年83。死因は肺炎。私の子どものころから、似顔絵の両巨頭といえば和田誠さんと山藤章二さんやった。少なく丸い線で的確に特徴をとらえる和田さんと、デフォルメを多用する山藤さんの違いが面白かったけれど、実は若い頃書いたイラストを見ると、お二人ともかなり似た画風であることに驚かされた。というのも、お二人ともベン・シャーンのイラストの影響をもろに受けたはったのですね。和田さんの似顔絵はとにかく可愛らしい。けれど、その人の本質みたいなものがはっきりと出る。そこがすごい。星新一さんや谷川俊太郎さんの絵本の絵も好きやったなあ。私が気にいっているのは谷川俊太郎「これはのみのぴこ」ですね。映画通で、「お楽しみはこれからだ」では映画の名セリフと名場面を文章と絵で紹介したものやったけれど、そういう本を何冊も出せるほどあらゆる映画を見たはったということですね。それが高じて「麻雀放浪記」や「快盗ルビイ」などこれまたいい映画を監督してはる。どちらも好きですねえ。全く違う傾向の映画なんやけれど。「麻雀放浪記」で高品格さんがいかさまをして「ほほっ、また天和(テンホー)だよ」と笑うシーンやとか、印象に残ってるシーンは多い。「快盗ルビイ」はヘンリー・スレッサーの原作をさらに小粋に仕上げていて、ほんまに楽しかった。あのころのキョンキョンが一番輝いていたよねえ。2000回続いたという週刊文春の表紙もよかった。書きだしたらきりがない。平野レミさんが奥さんと知った時はちょっとショックやったかも。あまりのギャップに驚いたのです。
 もうあの丸っこい、でも洗練されたアートを新しく見ることができないかと思うと、ほんまに寂しい。どれだけ年がいっても、衰えるところを知らなんだ。すごいことです。
 謹んで哀悼の意を表します。

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金田正一の死 [追悼]

 今日は完全休養日。午前中はテレビを友とし、パソコンを立ち上げて少しかきもの。昼食後、午睡。爆睡する。それでも疲れが取れたという感じにはならんなあ。
 夕刻、追っかけ再生でプロ野球中継を見る。昨日は6点差を逆転したけれど、今日は3点差を追いつき、1点差を追いつきとどんなに負けていても食らいついたけれど、サヨナラホームランで敗戦。とはいえ、シーズン中やと3点先取されたらそこでもうおしまいという感じやったのに、この粘り強さはどうよ。負けて悔しい反面、ようがんばったという思いもある。こんなに「勝ちたい」という気持ちを前に出せるチームになったんやなあ。矢野監督、すごいぞ。
 夜は読書をしたり、妻と録画したドラマを見たり。明日の仕事に備えて早目に寝たいところですけれどね。
 この日記を書くためにパソコンを立ち上げ、ネットニュースを巡回していたら、もとプロ野球、ロッテオリオンズ監督金田正一さんの訃報 に接する。享年86。死因は急性胆管炎による敗血症。
 いや、むろん国鉄スワローズのエースとして400勝をあげた大投手やということは知ってます。晩年はジャイアンツに今でいうところのFA権(当時はB級10年選手の権利)を行使して移籍し、ジャイアンツでは34番を永久欠番にしているということも承知しています。そやけど、私の記憶ではオリオンズの監督として「やったるで」とかいうてる姿が印象深いのですね。実際、監督としてもオリオンズを日本シリーズで優勝させたし。漫画「アストロ球団」ではアストロ球団の最初の対戦相手の監督として登場していた。あの漫画なんかでは必ず関西弁なのですね。あれは不思議やったね。解説とか聞いてたら標準語やし、出身は愛知県でしょう。なんで関西弁の「カネヤン」が定着していたのでしょう。どなたかご存知でしたらご教示ください。
 スワローズはヤクルト球団になったのでOBとしての愛着はなかったとみえて、解説などでも自分はジャイアンツのOBであることを誇りにしてはったみたいやけれど、その割にはジャイアンツは金田さんには冷たかったんやないかなあ。結局指導者としてジャイアンツに呼ばれることはなく、2度目の監督もロッテオリオンズで、オリオンズ最後の監督としてユニフォームを脱ぐことになったんやからね。選手としての実績はスワローズで積み上げて、指導者としてのキャリアはオリオンズで残した。そやのにプロ野球OBとしてはジャイアンツの金田としてふるまった。あれだけの大投手やのに、なんかそういう哀しさみたいなものを感じさせるなあ。あと、「昭和名球会」なる団体をこしらえたことに対しては罪の部分が多かったと思うている。200勝に達したなかった名投手や2000本安打に達しなかった大打者の存在が軽んじられてしまうような、そんな基準を作ったことは、プロ野球の歴史を作ってきた数多くの記憶に残る名選手な対して失礼やないかという思いはいまだに残ってますね。金田さんにとっては数字が一番の頼りやったんかなあ。
 私としては、当時不人気やったパ・リーグを盛り上げようとした功績を一番に挙げたいんやけれど。
 謹んで哀悼の意を表します。

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ジェシー・ノーマンの死 [追悼]

 早朝、出がけに小雨がぱらつく。傘がいるというほどのものでもなかったんで、そのまま駅まで歩いていたら小やみになった。お山の学校の近辺は夜中に降ったらしく自動車に水滴が残っていた程度で、道はほとんど乾いていた。
 雨のために涼しくなるということはなく、かえって湿気ていて蒸し暑い。台風も近づいているし、そのせいか体が重い。とはいうても仕事はせんならん。成績つけという締め切りのある仕事ですからね。締め切りは守らなあかん。午前中はプリント類と格闘し、午後はパソコンに向かいエクセルと格闘する。1学年全員分の成績をつけねばならんので、票に数値を入力するだけでひと仕事なのですよ。なんとか予定通り計算式を作りなおして点数は出せました。やれやれ。で、定時に退散。
 帰宅後はたまっている録画した番組を妻といっしょに見たりして過ごす。明日には成績処理も一段落すると思うので、やれやれであります。
 ソプラノ歌手ジェシー・ノーマンさんの訃報 に接する。享年74。死因は多機能不全。あれだけボリュームのある体をしていたけれど、体にはかなり負担がかかっていたのかな。
 私はオペラは序曲集やアリア集のCDを聴くくらいなので、彼女の歌声は歌曲集で楽しんでいた。同じソプラノでもいろいろタイプがあるけれど、彼女の場合は音程の高さで聴かせるんやなく、響きの深みで聴かせた。私が好きなアルバムは黒人霊歌集で、「アメイジング・グレイス」は特にぐっとくる名歌唱やったと思うね。タイプの違うソプラノのバーバラ・ヘンドリクスの黒人霊歌も好きで、よく聴き比べをして楽しんでいた。本来ならアルト歌手が歌うマーラーの「大地の歌」の録音もしていた。こちらはあまり評判にならなんだけれど、聴いていてソプラノ歌手が歌うている違和感みたいなものは全くなく、ごく自然に聴くことができたのを覚えている。
 声楽家にはあまりくわしくない私やけれど、一時はキャスリーン・バトルと並んで世界を代表するソプラノ歌手やったし、オーケストラ曲の好きな私でも、その深みと厚みのある歌声に魅了されていた時期があった。いやほんま、胸にぐっとくるような歌唱でしたよ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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五世茂山千作の死 [追悼]

 大相撲小言場所「秋場所をふりかえって~御嶽海混戦制し優勝、貴景勝大関復帰~」 を更新しました。

 愛すれどTigers「近本、新人安打数単独3位に」を更新しました。

 朝から少し早目に起き、深夜アニメのたまっているのを何本か見たり、今日の「なつぞら」を見たりしてからすぐに寝る。昼過ぎまで爆睡。少し遅めの昼食を取り、パソコンを立ち上げてかきもの。その後はひたすら読書。岩波少年文庫版の「三国志」全3巻をまとめて一気に読んでいるけれど、感想は下巻を読み終えてから。
 夕食時にプロ野球中継がないのはなんか寂しいね。
 狂言師五世茂山千作さんの訃報 に接する。享年74。死因は膵臓癌。
 千作の名を継いでわずか2年。私には前名の「茂山千五郎」の名の印象の方が強かったなあ。千作といわれるとやはり四世千作さんの顔が思い浮かぶもんな。豪快な芸風の印象が強い四世よりも、五世はもう少し繊細な感じがあったけれど、千五郎社中の中心として長らく茂山狂言会を支えてきはったと思う。なにしろ四世の個性が強烈やっただけに、その後継者として茂山家を支えていくのは大変やったんやないかと推察する次第。その中から自分の芸風を確立し、新作狂言を取り入れながらもたくさんのお弟子さんを育てていかはったわけで、「千五郎」の名を正邦さんに譲り渡してこれからいよいよ自由自在に自分の狂言を極めていけるというところでの急逝だけにさぞかし無念やったんやないかと、これはあくまで私の想像でしかないけれど。
 先代が作りあげた「お豆腐狂言」を継いで、時代に即応した狂言のあり方を求めて気はった方だけに、なんとも残念。
 謹んで哀悼の意を表します。

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逆鉾の死 [追悼]

 愛すれどTigers「メッセンジャー引退発表」を更新しました。

 連休明けの火曜日はきつい。ここ4年、火曜日はいつも授業が満杯で、しかも自分の専門外の「ソーシャルスキルパワーアップ講座入門」なる科目が常に4コマ連続という状況で、放課後は常にぐったりした状態になってしまう。今日も放課後は低速モードで事務作業を淡々とこなす。むろんのこと定時に退散。
 帰宅後、相撲中継を録画で見、今日はタイガースの試合がなかったので、録画してたまっていた番組を妻といっしょに見る。日中は暑いけれど、朝晩はかなり涼しくなってきた。今週末は彼岸やがな。やっと日中も過ごしやすくなってくれるかな。
 相撲は1敗でトップに立っていた隠岐の海と明生が敗れ、2敗に5人。貴景勝はあと2勝で大関復帰。御嶽海、朝乃山と優勝経験のある力士が並ぶ。両大関が早々と脱落しているのは残念やなあ。
 大相撲もと関脇逆鉾の井筒親方の訃報 に接する。享年58。死因は膵臓の病やという。先場所、優勝した鶴竜の横で喜んでいる様子が新聞や相撲専門誌を飾っているのを見ていただけに、急逝に驚くばかり。
 もと関脇鶴ヶ嶺の二男。長男は十両鶴嶺山、三男は関脇寺尾。井筒三兄弟と呼ばれた。父親譲りのもろ差し速攻相撲。技能派やけれどケレン味はなく、正攻法の相撲やった。寺尾が回転の速い突っ張りを得意としていたのと好対照。兄弟でこれだけ顔も相撲も違うものかというのも話の種でしたねえ。勝ってガッツポーズをして審判部長から注意されたり、立ち合いの手つきもいわゆる「ちょん立ち」で片手はついてももう片方は土俵に触るか触らんかというような立ち合いでこちらもよう注意されていた。のちに審判長席で手つき不十分の力士に注意していたけれど、それを見ながらテレビ桟敷で「あんたに言われたないやろうなあ」と思うたりしていた。
 実は横綱初代若乃花幹士の大ファンで、自分もそういう相撲を目指していたというのは現役時代から有名やったけれど、父である師匠の衣鉢を継いだというのはおもしろい。もっとも、今日のテレビ解説のもと寺尾の錣山親方によると、鶴ヶ嶺は左四つからの巻かえがうまく、逆鉾は立ち合いから二本ざしするのがうまかったという。ということは、若乃花の新横綱の初日に勝ったやはりもろ差し名人の信夫山の系譜に連なる名人やったということか。
 こういう筋のよい技巧派の四つ相撲を取る力士が減ったけれど、弟子の横綱鶴竜が気持ちのよい四つ相撲を取るのは、親方の指導のたまものか。残念ながらあれだけ隆盛を誇った井筒部屋も、今は鶴竜を含めて弟子は3人だけ。横綱を育てたけれど、後に続く弟子を育てられなんだのは無念やったやろうな。私も年が近いだけにちょっとショックを受けているのです。
 千代の富士全盛時に土俵を沸かせた記憶に残る名脇役やった。
 謹んで哀悼の意を表します。

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ジーン・バッキーの死 [追悼]

 今日は敬老の日。ハッピーマンデーで今日になっているけれど、本来の敬老の日であっても振替休日という感じで、まともな祝日であるという感じがしますね。
 昨日一昨日と外出して午睡が全く出けなんだ分、今日は一日よう寝た。朝食後、録画のたまっていた深夜アニメを何本か見たあと一度寝て、昼食を取るために起きてきて、昼食後午睡。ほんまに泥のように眠る。
 夕刻起床して、録画したプロ野球中継を見る。今日もBS日テレ。例のジャイアンツ一辺倒のアナウンサーで、チャンスに丸が打席に立つとタイムリーを打つ前提で実況する。そして2度のチャンスで2度とも併殺打。それでもタイガースの投手はほめません。こういう実況の日に1点差をきっちり逃げ切って勝つと気持ちよろしいな。
 そのあと相撲中継の録画を見る。正面解説はもと安美錦の安治川親方。すべての解説をじっくりと聞きたかったけれど、時間の関係で仕切りの間は早回しですっとばす。昼に寝すぎたなあ。隠岐の海ががちがちに緊張した相撲で敗れ、1敗は明生と2人。まさかこのまま千秋楽までいくとは思われん。面白うなってきた。
 元阪神タイガース投手、ジーン・マルテーン・バッキーさんの訃報に接する。享年82。癌で闘病中やったという。
 むろん私はリアルタイムでバッキーさんの雄姿を見たことはない。残された映像や文献で知るのみ。ジャイアンツ相手にノーヒットノーランを達成し、外国人投手唯一の沢村賞を受賞し、1964年には村山投手とともにタイガースを優勝に導いた。王貞治選手へのブラッシュボールをきっかけに乱闘となり、荒川コーチをゲンコツで殴って指を痛めてからはもとの投球がでけんようになり、近鉄バファローズに移籍したものの1勝もできずに引退。帰国後は小学校の校長先生をしていたりなんかする。帰国後のことは、池井優「ハロー、スタンカ、元気かい」にくわしい。
 最近ではタイガースのランディ・メッセンジャー投手がバッキーさんの100勝にあと2勝となったことでスポーツ紙にインタビュー記事が載ったり、メッセンジャー投手との交流が記事になったりとお元気な様子が報道されていた。
 アメリカで成功せなんだ若い投手がテスト入団して日本でその才能を開花させた。近藤唯之「阪神サムライ物語」によると、入団の決め手はバッキーさんが指先で汗を輪のような形で飛ばしてているのを見た当時の藤本定義監督がその器用なのを見て合格させたとあった。昔の野球人のエピソードは味があってよろしいねえ。
 帰国後も常にタイガースのことを気にかけていたという。バッキーさん、そしてメッセンジャー投手と、球史に名を残す外国人先発投手が(リリーフではジェフ・ウィリアムス投手がいるけれども)タイガースの大黒柱として君臨していたというのは、ファンとしては誇らしいことであります。
 謹んで哀悼の意を表します。

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鎌田実の死 [追悼]

 今日も登場通りの時間帯に起床。昨夜録画した深夜アニメを見たり、ずっと楽しみに置いておいたドラマ「雲霧仁左衛門2」の最終回を見たり。テレビを見るのは疲れたので、午前中は読書。昼食後、例によって午睡。夕刻、起きてきてパソコンを使うたり、本を読んだり。追っかけ再生でプロ野球中継を見る。完封負け。先制されたらもう反発できないのはソラーテが加入しても変わらず。サンテレビは珍しく放送時間内で中継終了。昨日がサンテレビで今日がカンテレやったらちょうどよかったのになんて、勝手なことを言うてます。
 夜はニュースサイト巡回。元阪神タイガース、近鉄バファローズ内野手の鎌田実さんの訃報 に接する。享年80。癌のため療養中やったという。
 私は鎌田さんの現役の最後の方をテレビでたぶん見てるはずやけれど、記憶にない。サンテレビの解説者としての鎌田さんという印象が強い。現役時代は守備の名手としてならす。1960年代にデトロイトタイガースのキャンプに参加してバックトスを習得し、二塁鎌田、遊撃吉田、三塁三宅の鉄壁の内野陣を完成させたという。村山監督とはそりが合わず、バファローズに移籍して、知将三原監督のもとで二塁を守るけれど、バックトスを封印させられたという。鎌田さんの守備に当時のバファローズのショート安井選手がついていかれへんでぽろぽろこぼしたかららしい。そのバファローズ時代、三塁守備に入っていて二塁にバックトスしてアウトにしたとか。近藤唯之さんは「プロ野球史上唯一の例」と書いてはる。以上、出典は近藤唯之「阪神サムライ物語」より。山藤章二さんは「難しい球をやすやすとアウトにし、真正面の球をエラーする変な天才」と評した(出典は「タイガースファンブック」)。
 ずっとサンテレビの解説を一人で担当していた後藤さんが1978年に監督に就任したため、空席を埋めるように鎌田さんが解説者として起用された。そのシャープな語り口は後藤さんとは違うて非常に新鮮やった。当時のプロ野球解説というと、ABCは根本陸夫さん、NHKは鶴岡一人さん、TBS系では水原茂さんと戦前戦後の球史を彩った人たちばかり。水原さんの解説なんかホームランが出たら「立派ですね」の一点張りやったなあ。そんな中で理論的で歯に衣着せない鎌田さんの解説は新鮮やった。
 そのうちサンテレビの解説者も代替わりして工藤一彦さんや中田良弘さんといった人たちが登場すると、後藤さんと鎌田さんは解説を引退していくようになる。鎌田さんはアマ野球の指導者になり、解説席に座ることはなくなり、寂しい思いをしたものやけれど、高校生くらいで野球経験のない私は、鎌田さんの特に守備に対する鋭い視点にいろんなことを学ばせてもろうたと思う。鎌田さんの解説を聞いていたら、ときおり関東のラジオがネットされた時に聞く廣岡達郎さんの解説も甘口に感じられるくらいやった。
 若き多感なタイガースファンに、野球という競技の厳しさを解説という立場で教えてくれはった。何とも懐かしい思いでいっぱいです。
 謹んで哀悼の意を表します。

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高島忠夫の死 [追悼]

 G20サミットのおかげで阪神高速は車が走ってへんので、窓が開いていても結構静か。朝から昨夜録画したアニメ「ジョジョの不思議な冒険」「フルーツバスケット」を見たり、今朝の「なつぞら」を見たりするけれど、朝食後、むやみに眠く、昼食前まで睡眠。昼食後、パソコンを立ち上げてニュースサイトの巡回など。2時からラジオでプロ野球中継を聞く。テレビ中継が試合開始後30分たってからなんで、それまではラジオというわけ。で、30分たったところで力尽きてまた寝る。寝床でラジオを聞いていても、朝に寝たから大丈夫と思うていたんやけれど、なんかこの連休は眠いなあ。
 30分ほど寝たところで目を覚まし、ラジオを切ってテレビで追っかけ再生。寝てしもうた30分間の間に青柳が大量失点。テレビではカンテレのアナウンサーが盛り上げようとするけれど、あきらめなはれ。ここらあたり、サンテレビのアナウンサーはタイガースを応援しつつも大逆転が必ず起きるような実況はしません。
 試合終了後、寝床で読書。またこの日記で感想は書くけれど、P・ホセ・ファーマーの前衛的な短編がとにかく読みにくくて、結局また寝てしまう。どんだけ細切れに寝てるねん。あんまり質の良くない寝方ですねえ。夕食後は妻とたまっている録画を何本か見る。
 俳優高島忠夫さんの訃報に接する。享年88。死因は老衰。私らの年代やと「クイズ・ドレミファドン」や「アメリカ横断! ウルトラクイズ」の司会者とか、「ゴールデン洋画劇場」の映画解説というのか紹介というのか、そんなんしてる人というイメージが強いけれど、東宝映画では「キングコング対ゴジラ」に出てはったり、小松左京さんの若き日の友人として自伝「やぶれかぶれ青春記」(旺文社文庫版)の解説に名を連ねていたりと、SFとは全く無関係やったわけやないのですねえ。
 あと、今回初めて知ったんは、ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんは高島忠夫さんの姪にあたるんやねえ。高島さんもジャズをしてはったわけやから、実は音楽家の家系やったのかしらん。テレビの画面にはおさまらん感じがしてたけれど、そこはやはり映画スターやったからなんやろうなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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田辺聖子の死 [追悼]

 今日は午前中は授業がぱんぱん。午後からは来訪者あり、会議あり、教育実習生への指導ありで、なかなか奨学金の実務が進まず。体が重く、定時で退散。帰宅後は追っかけ再生でプロ野球中継を見る。BSテレ東がサブチャンネルを使うて4時間半を超える試合を中継してくれた。とはいえまた寝る時間が遅くなるやないですか。明日は時間に余裕があるので、事務作業がはかどることやろう。いや、はかどらさんとあかんのですわ。
 作家、田辺聖子さんの訃報に接する。享年91。死因は胆管炎。
 私は田辺さんの熱心な読者というわけやなかったけれど、代表作である「姥ざかり」のシリーズや、「ラーメン煮えたもご存知ない」などのエッセイがとても好きやった。なによりそこで書かれる大阪弁が上品で、ほんまは大阪弁というのはこういう言葉やってんなあと再確認させられることが多々あった。
 女の強さ、男の弱さ、男女の機微を上質のユーモアで表現した稀有な作家やったということは、今私がここで書くまでもないこと。
 あまり触れられることのない傑作を紹介しときたい。「お聖どん・アドベンチャー」(集英社文庫)です。タイトルは映画「ポセイドン・アドベンチャー」のもじり。作家が食えなくなってしまった近未来社会で、旅芸人の一座をしたりして生き抜くという連作短編集です。出てくる作家はみな実名。筒井康隆、小松左京、眉村卓といった関西のSF作家はもちろん総出演。笑いのオブラートにくるみながらも、言論が衰退していく社会の恐ろしさを根底に描いたSFなのです。源氏物語の再話、古川柳の紹介、与謝野晶子ら先達の評伝などから、恋愛小説、そしてSFも書けるというこの幅広い作風に、底知れぬ実力を感じるのですね。
 言わねばならんと思うた事ははっきりと言う、そういう肝のすわった作家でもあった。こういう人はもう二度と出てこんのやろうなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

 6月16日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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横山たかしの死 [追悼]

 今日も午前中はテレビを友とする。深夜アニメに「仮面ライダージオウ」「リュウソウジャー」と、滞貨解消でドラマ「雲霧仁左衛門」を一気に3話分。昼食後、少し午睡して昼過ぎにプロ野球中継を追っかけ再生で見る。7-5の打ち合いで、9回裏だけテレビの放送時間に入らなんだんで、残りはラジオ。マツダスタジアムの中継は「DAZN」では配信してへんのでねえ。夜は読書。明日に備えて英気を養う。
 漫才師横山たかしさんの訃報 に接する。死因は多臓器不全。享年70。
 最近は金ぴかの車椅子に乗って舞台にあがってはったらしい。金ぴかのスーツを着て「大金持ちのお坊ちゃんじゃ。すまんのお」とたわいのないホラを吹き、相方のひろしさんにつっこまれて「今のはみんな嘘じゃ。すまんのおぉぉぉぉ」とやるのが定番。若い頃は「オカマ漫才」で売ろうとしたけれど、うまくいかず「ホラ吹き漫才」のスタイルに変えてから売れた。私が最初に見たころはちょうどその転換期くらいやったかな。赤いハンカチをくわえて「すまんのお」とやるスタイルはその名残かな。
 漫才ブームに乗って東京進出をはかっていた時期で、「お笑いスター誕生」なんて東京の番組にも挑戦していた。審査員の京唄子さんに「最初からホラとわかってしまうのはどうか」なんて指摘されてもスタイルを変えなんだのは、これでいくという決意の表れやったのかな。
 話芸に磨きがかかって賞を受賞するようになったころは、ワンパターンやということがわかっているのについ笑わされてしもうた。ひとつことを続けていって花を咲かせた好例やろう。むろん金ぴかスーツで「おぼっちゃま」感を出したり、工夫を積み重ねて「ホラ吹き漫才」を完成させていったということやろうね。
 横山やすしの唯一残った弟子という肩書は、えらいことやないかと思う。きまぐれで天才肌の師匠にとことんついていけたというだけでもすごいことですよ。
 今の漫才はどんどんスピード感が増していっているからこういうタイプの漫才師が晩成するというのは難しいかもしれんけれど、そういう意味では昭和の漫才師のスタイルを残した数少ないコンビやったかもしれんなあ。これで横山エンタツを祖とする横山という屋号のコンビは絶えてしまうのか。それはそれでちょっと寂しいね。
 謹んで哀悼の意を表します。

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