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怒る社説 [新聞]

 愛すれどTigers「貧打に泣き最下位転落」を更新しました。

 バングラデシュでのテロ事件で日本人の技術者たちが死亡するという痛ましい事件が起こった。テロリストたちのこの行為は許すべきもんやないと私も思う。
 で、新聞各紙の社説では、昨日から今日にかけてこの事件について論評しているんやけれど、いささか引っかかるところがあった。
「衝撃と怒りで体が震える」(神戸新聞)、「卑劣極まりない犯行に、憤りを表現する言葉が見つからない」(京都新聞)、「強い憤りと怒りを覚えずにはいられない」(河北新報)、「許されない蛮行であり、満身の憤りを込め、強く非難する」(中国新聞)、「バングラデシュ発展のためにとの志を持ち赴いた技術者らが、無差別テロに巻き込まれたことに強い憤りを覚える」(沖縄タイムス)……。
 全国紙は「強く非難する」に表現をとどめ、冷静に論評をしているんやけれど、地方紙では上にあげたように感情的になってますよという一文を入れてるところが多いのですね。これって、論説としてどうなんかなあと思う。そら腹も立つでしょう。それが人情というものやからね。でもね、こういう一文を入れることで「怒りにまかせて書きました」みたいな印象を与えるのはいかがなものか。
 全文を読んだら、ちゃんと冷静に論評しているのにね。その冷静さと上記の一文とのギャップが激しいのですよ。とりあえず怒りを覚えたということを表明しておきましょうという、そんな感じまでしてしもうた。そやけど、「怒りに体が震え、テロリストたちを許すわけにはいかない」となると、例えばテロに対して復讐すべきだというような論調になるように思うのですね。感情をまず表明したら、それに続く文章は感情的やないとおかしいように思うのですよ。
 そこらあたり、ちょっと引っかかった。なぜか怒りや憤りを表明するのは地方紙の論説委員の方々ばかり。ということは、書きかたの見本でもあったのかと勘繰られても仕方ないんやないかなあ。

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