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1月17日に生まれて [1月17日の記憶]

 早朝起床し、昨夜録画した深夜アニメを見つつ、5時46分には黙祷。
 あれから25年か。日刊スポーツの裏一面は大相撲の幕内、照強が特集されていた。あの阪神淡路大震災の起こった日に震源地の淡路島で産まれたので、クローズアップされているのですね。私は照強がまだ幕下以下の時から注目していたので、今さら大きくとりあげてもなあと思うたりもするんやけれど。ちなみに阪神タイガースの近本光司外野手は震災の2ヶ月前に淡路島で産まれている。
 今日は授業はひとコマだけやけったけれど、放課後に1年生の保護者会があり、そこで奨学金に関する説明を依頼されていたので、その準備などに追われる。保護者会で説明したあとは、入試の担当者の打ち合わせに遅れて参加。帰り際には来年度に入学する生徒の修学旅行に関する調査の依頼を受け、来週はそこらへんの仕事もしていかんならん。いろいろとやることが多いなあ。定時に退散。
 帰宅して録画した相撲中継を見る。中入りの時間には、「照強~1月17日に生まれて」と題して特別インタビュー。照強関にしたら、その日に産まれたことで特別な役割を課せられてしもうたわけになる。その日に産まれたということは、震災の記憶もあるわけがないんやけれど。それでも、その日に産まれたことを宿命として受け止め、自分が活躍することで故郷の人たちを力づけたいと語る。偉いなあ。大河ドラマ「いだてん」で、1964年東京五輪の聖火ランナーの青年が8月6日生まれであることで点火役に選ばれ、自分個人を見てほしいと訴える場面があったけれど、照強関かてそう言うてもええのにね。でも、プロの力士として震災の記憶の象徴であることを自覚しているのはたいしたものです。
 あの日から25年、日本各地で自然災害がたびたび起こり、阪神淡路大震災で得られた教訓が生かされている。阪神淡路大震災そのものの記憶は風化したとしても、そこから得られたものが風化することなく生きているということを多くの人が意識していれば、1月17日という日付の持つ意味は風化していくことはないんやろうなあと感じた次第。
 私はこの日になるとこの日記で必ず震災についてなにかしら書くことにしているけれど、それは自分の中で震災を風化させたらあかんという意識があるからなんですよね。そしてまた来年以降も書き続けるのです。
 相撲は正代が単独で勝ちっ放し。どこまで続くか快進撃。追うのは貴景勝、遠藤、照強、輝ら。後半に向けて優勝争いが白熱していくのを楽しみにしていますぞ。

 1月19日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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