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衣笠祥雄の死 [追悼]

 今日も授業がめいっぱい入っていて、火曜日が終了した時点でもう気分は週末。雨の中、とぼとぼと帰宅。今日はタイガースの試合も雨中止。夕食後、妻と何本か録画したアニメを見る。だいぶたまってきているんで、こういう機会に少しでも見ておかねば。まあもうそろそろ録画するのをやめる作品も決めておかんとね。あまりにも録り過ぎです。
 プロ野球広島東洋カープの永久欠番3で、連続試合出場2215試合の記録を持つ衣笠祥雄さんの訃報に接する。享年71。死因は上行結腸癌。
 衣笠さんは私がプロ野球を見始めた時にはもう若くしてカープの主軸を打っていた。カープが優勝した1975年、私は中学1年生。その時点でもうすでに熱烈なタイガースファンやった私やったけれど、カープの優勝は素直に祝福していたと記憶している。万年最下位のチームが優勝したんやもんな。「常勝を義務づけられている」などという傲慢なジャイアンツの優勝とは意味が違う。その後、カープはしばらく黄金時代が続く。カープに江夏さんが移籍していって、そこで初めての優勝を体験して大喜びしてはるのを見た時も、悔しさはあったけれど(なにしろタイガース戦で優勝を決めたんやからね)、江夏さんの笑顔でその悔しさもかき消えた。
 強かったよ、あの頃のカープ。その中心に衣笠さんがいた。孤立しがちな江夏さんの味方になったのも衣笠さんやったと、川上健一さんの名作「サウスポー魂」(講談社文庫)に書かれていたので、より好感度が増した。
 とにかく豪快なスイングとしなやかな動きの守備が印象に残っている。素晴らしいプレーヤーやったけれど、不思議なことに指導者としてユニフォームを着ることなく終わった。山本浩二監督の時にコーチになるのかなと思うていたのに、なぜか解説者のまま。おそらくカープ以外のユニフォームを着る気はなかったやろうから、何度かタイミングを逸しているうちに世代交代の時期を迎えてしもうたのかもしれん。これはもとフライヤーズの張本勲さんもそうなんやろう。選手としての存在が偉大すぎたのかなあ。
 一度はコーチか監督でユニフォームを着てほしかった一人やったことは間違いない。
 解説ではあの「ゴリ」とあだ名されたいかつい風貌とは対照的なやさしい語り口で、わかりやすくプレーを分析してはった。しゃべりすぎず、しかし的確にポイントを指摘するような解説やった。朝日新聞で毎週解説を書いてはったけれど、そちらも非常に細やかな解説で、いろいろと勉強になった。
 星野仙一さんに続いて衣笠さんか。少年時代にそのプレーを見ていた人たちが次々と鬼籍に入っていく。それだけこちらも歳をとったということか。
 謹んで哀悼の意を表します。

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