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笑福亭松之助の死 [追悼]

 今日は入試業務のほか、来週に在校生向けに行う奨学金の説明資料の作成など。ただ、かなり疲労がたまっているので、休み休みの作業となった。月曜からずっと入試業務で緊張しながらの仕事が続いていたもんなあ。定時に退出し、帰宅してからは「まんぷく」などを見たりして過ごす。
 日記を書こうとパソコンを立ち上げてネットの新聞サイトを見たら、落語家笑福亭松之助師匠の訃報に接する。享年93。訃報には「明石家さんまの師匠」と書かれていたりなんかしたけれど、才人落語家やったんですぞ。若手の頃は「宝塚新芸座」で喜劇役者として舞台に立ってはったから、役者としても存在感はあったし、「テレビ・アラカルト」という漫談調の新作では「アムステルダムの朝は早い……て、どこでも朝は早いがな」「家のもん全部がバカボンのパパのしゃべり方でしゃべったら夫婦喧嘩なんか起こらん……“それでいいのだ”」というような小ネタをつないだりしていた。このネタは小林信彦さんが「笑学百貨」というエッセイ集で「日本のスタンダップ・コミック」と絶賛してはった。私が生で聞いたネタではチェーホフの戯曲を落語に仕立てたりしてたなあ。むろん古典落語では「堀川」などを得意にしてはった。
 米朝師匠より歳は上やったと思うけれど、それを感じさせんくらいずっとしっかりしたはった。なにしろ五代目松鶴の弟子ですもんねえ。さんまさんは落語をせんからというので、笑福亭ではなく自分の本名から「明石家」の屋号を作って名前を与えたりしてはったのは、やはり師匠にとって落語は特別なもんやったということなんやろうなあ。
 これで上方落語四天王の代の落語家さんはみんな亡くなってしまわはった。戦後、上方落語の再興を支えた人たちがついにいてはらへんようになったんやね。露の五郎兵衛師匠とともに、側面から上方落語界を固めていった貴重な存在やったと思う。
 謹んで哀悼の意を表します。

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