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ちいさな王子(野崎歓・訳) [読書全般]

 本日より授業再開。朝から体が重く、どうせ最初から今日の授業は考査前自習の予定なんやから、休んでしもうたろうかと思いつつも、出勤。案の定、授業時間以外は睡魔との闘いをしていたり、仕事は遅々として進まず。それでも懸案事項を一つは片づけたのでよしとしましょう。定時に退散。
 今日は妻が日帰り帰省をしていたので、帰宅して読書しながら待つ。夕飯を買うて帰ってきてくれて、サラダ巻き、稲荷寿司と総菜のセットをいただく。夕食後、上方落語でいうところの「腹の皮が突っ張ったら目の皮がたるむ」で、少し居眠り。なんか効率のよくない一日を過ごしてしもうた。
 サン=テグジュペリ/野崎歓・訳「ちいさな王子」(光文社古典新訳文庫)読了。古典新訳文庫で仏文学を多く訳している訳者による「星の王子さま」。あえて原題の「プチ・プランス」をそのまま「ちいさな王子」と直訳したのは、あとがきによると「プチ」という言葉のもつニュアンスが「星の王子さま」では伝わらないという理由かららしい。まあ、古典新訳文庫やから許される邦題ですね。もし管訳が古典新訳文庫で出ていたら「ちび王子」と題されていたかもしれんな。本書の特徴は、パイロットが読者に語りかけるという視点で訳されているということ。ちいさな王子との出会いと別れを誰かに伝えずにはいられないという思いが、この奇跡的な一冊を生み出したといわんばかりの訳なのですね。そやから、例えば倉橋訳のように実は王子さまは幻想でパイロットが砂漠で自問自答しているのかもしれんというような感じには決してならない。王子さまは確かに存在し、パイロットにとってかけがえのない存在となり、そして別れたあとの喪失感の大きさが伝わってくるというように読ませる。もしかしたら、作者は本当にアフリカの砂漠で遭難した時にこんな王子さまと出会うたのかもしれんというような、そんな気持ちにさせる。音読すると最もよい訳かもしれん。語り口が耳に聞こえてくるような、そんな訳文で、これはこれで説得力があるなあ。

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